書籍「仏陀の真実の教えを説く阿含経講義(上)桐山靖雄著 平河出版」の中において阿含経の一切事経というお経が紹介されている。
一切事経の内容は、お釈迦様がお釈迦様の弟子のマカナン(お釈迦様の叔父)から優婆塞(在家信者)の修行法についての質問を受け、お釈迦様がマカナン(お釈迦様の叔父)からの質問に対して説かれたお経であります。
その主たる内容は、
ある時、弟子のマカナンがお釈迦様に対し、在家の仏教信者はどのような修行法をすればよいのかを質問したところ、お釈迦様は
先ず、正信を持つことが必要であると説かれた。つまり正しい信仰心を持つ事。
次に、正しい戒律を守る事。
次に、正しい布施を実践する事。
次に、正しい仏教を聴聞する事、つまり正法を聴聞する事。
次に、その正しい教えを保持する事。つまり正しい教えを聞いても聞いただけで直ぐに忘れたりしてはいけないという事。
次に、その正しい教えを観察、正しい教えについて観念工夫する事。つまり自分自身の頭の中でその教えについて深く考える事。例えば、その教えについてよく吟味(ぎんみ)する事。
次に、正しい教えに従い、正しい教えに向かっていく事である。
要約すると,信、戒、施、聞、持、観、法次、法向の八つの法があると説かれている。
すなわち八法の修行法である。
さらに、お釈迦様は、その八法の修行法、いわゆる自分の為だけにする修行法だけではなく、その八法の修行法を他者にも実践するように教え導きなさいという教えを説かれている。つまり、自分の為だけにする修行ではなく自分と他者の為の修行法の実践を提唱されている。
それが八法十六法である。
いわゆる、八法十六法とは以下の通り、
自分が正しい信仰心を持つだけではなく、他者にも正しい信仰を持つことを教え導きなさい。
また、自分だけではなく他者に対しても正しい戒律を保持する事を教え導きなさい。
また、自分だけではなく他者に対しても正しい教え、正しい法を聴聞する事を教え導きなさい。
また、自分だけではなく他者に対しても正しい教えを保持する事を教え導きなさい。
また、自分だけではなく他者に対しても正しい教えに対し観念工夫する事を教え導きなさい。
また、自分だけではなく他者に対しても正しい教えに従い、正しい教えに向かっていく事を教え導きなさい。と説かれている。
その八法十六法の修行法により、宗教的境涯において在家仏教修行者(優婆塞 優婆夷)が出家修行者(僧侶、沙門)を越えていく事が可能であるという内容が説かれている。
「仏陀の真実の教えを説く阿含経講義(上)桐山靖雄著 平川出版」の著者であり阿含宗の開祖である桐山靖雄大僧正猊下はこの阿含経の一切事経を引用し次のように説かれている。
阿含経というお経は日本仏教の歴史において千年以上の長きにわたり小乗経典であると蔑視され、また出家仏教であると批判され続けてきたが、その一切事経のお経の内容から阿含経は決して利己的な小乗経典、つまり、自分だけの救いを求めるお経ではなく、また出家仏教、つまり、出家しなければ救われないというお経では決してない事をこのお経を引用し、強く主張されている。
一切事経は 大正新脩大蔵経 第二巻 阿含部下 雑阿含経巻第三十三 大蔵出版 二百三十六頁下段~二百三十七頁中段、及び 国訳一切経 印度撰述部 阿含部三 大東出版社 雑阿含経 第四十六巻 四百五十頁~四百五十二頁に説かれている。
さらに桐山靖雄大僧正猊下は自身の著作「説法六十心 桐山靖雄著 平川出版」において次のようにお説きになられている。
「上求菩提下化衆生(じょうぐぼだい げけしゅじょう)ということばがあります。
自分より上(上の境涯)のものに向かっては菩提、悟りを求めて一心に修行をする。
自分より下(下の境涯)のものに向かっては親切に指導してあげる。
仏道修行者が必ず実践しなければならない事だと言われています。
またどんなに大知識、大学者であっても自分一人の力だけでそうなったのではなく社会や無数の方々のおかげがあったという事を忘れてはいけない。
そのためにその知識は社会の幸福の為、社会に役立てる為、社会に対してそのお返しをしなければならない。」
特に仏教徒は仏祖への報恩謝徳の為に又一般民衆の幸福の為に正しい仏教、正しい仏法を広めなければならない。
法話中の阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下