仏典スッタニパータなどのお経が説く、飲酒の恐ろしい弊害についての法話

ことわざに、『酒はきちがい水』という言葉がある。

つまり、お酒を飲むと人は気違いのように狂ったような人になる、又は、お酒を飲むと人は気違いのように狂った人のようになり易いという意味だが、

よく、ある人が自宅や酒場、宴会の席上で大量の酒を飲み、お酒に酔い過ぎ、あげくの果てには酩酊状態になる程、泥酔(でんすい)し、酒乱(しゅらん)状態となり、ささいな事で突然腹を立て激高(げきこう)、激怒(げきど)し、家族や友人、周囲の人々に大声で暴言を吐き、怒鳴り散らし、喚(わめ)き散らし、さらにまた暴力を奮い、最悪の場合には傷害事件や殺人事件にまで発展するという事件を過去にニュースや新聞で何度も見聞きした事があるが、健全な社会生活を営む上においてこのような飲酒による周りの人々への迷惑行為は厳に慎まなければならないと思われる。

近年の医学的な研究では過度の飲酒は脳細胞を痛め、脳を委縮させ、また、自身の健康を害し、寿命を縮め、挙句の果てにはボケや認知症になる確率が非常に高くなるといわれている。

ところで、仏教において、酒を飲んではいけないという戒律、すなわち不飲酒戒という実に素晴らしい戒律がある。

仏典『スッタニパータ』においてブッダは弟子や信者たち、またあらゆる人々に対し、お酒を飲まないよう、強く戒められている。

その仏典『スッタニパータ』においてブッダは次のようにお説きになられている。

『飲酒を行ってはならない。

この不飲酒の教えを喜ぶ在家者は、他人をして(飲酒を)飲ませてもならぬ。

他人が酒を飲むことを容認してもならぬ。

これ(飲酒)は終(つい)に人を狂酔(きょうすい)せしめるものであると知って。

けだし、諸々(もろもろ)の愚者(ぐしゃ=おろかもの)は酔いのために悪事を行い、また他の人を怠惰ならしめ、悪事をなさせる。

この禍(わざわい)を起こるもとを回避せよ。

それ(酒)は愚人(ぐにん=おろかもの)の愛好するところであるが、しかし、人を狂酔せしめ迷わせるものである。』と。

このようにブッダは飲酒を強く戒められている。

   ブッダ釈尊 初転法輪像

ちなみにインド哲学、仏教学の世界的権威、碩学泰斗であられる中村元(なかむら はじめ)博士の解説によると、このスッタニパータというお経は数多くの仏教経典(仏典の中には釈尊の死後、数百年後に作成編成されたお経が多数ある)の中で最も釈尊(ゴータマ・ブッダ)の言行録に近いとされている。

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インド哲学、仏教学の世界的権威

    中村元博士

また、『国訳一切経 阿含部経典』の中に、飲酒について次のように説かれているお経が存在する。

「聞くこと是の如し、
一時佛、舎衛國祇樹給孤獨園(しゃえいこくぎじゅぎっこどくおん)に在しき。

爾(そ)の時世尊(せそん)、諸比丘(しょびく)に告げたまはく、

「此の衆中(しゅうちゅう)に於て、我一法を見ず、修行しおわり、多く修行しおわれば、畜生(ちくしょう)、餓鬼(がき)、地獄(じごく)の罪を受け、若し人中に生るれば狂愚癡惑(きょうぐちわく)にして眞偽を識らざらん。

所謂(いわゆる)飲酒(おんじゅ)なり。

諸比丘(しょびく)、若し人有って心に飲酒(おんじゅ)を好めば、所生の處に智慧有ることなく、常に愚癡を懐かん。

是の如く(かくのごとく)諸比丘、慎しみて飲酒すること莫れ。

是の如く(かくのごとく)諸比丘、當(まさ)に是の學(がく)を作すべし」と。
爾(そ)の時諸比丘、佛の所説を聞いて歓喜奉行(かんきぶぎょう)しぬ。」

 

「聞くこと是の如し、
一時佛、舎衛國祇樹給孤獨園(しゃえいこくぎじゅぎっこどくおん)に在しき。
爾の時世尊、諸比丘に告げたまはく、

「此の衆中(しゅうちゅう)に於て、一法として此の法に勝(まさ)るもの有ることなし。

若し修行しおわり、多く修行しおわれば人中の福を受け、天上の福を受けて、泥洹(ないおん)の證(さと)りを得ん。

云何(いかん)が一法と為すや。

所謂不飲酒(ふおんじゅ)なり。

諸比丘、若し人有って酒を飲まずば、生れて便ち聡明にして愚惑有ることなく、博く経籍(きょうしゃく)を知り、意錯乱(こころしゃくらん)せじ。

是の如く(かくのごとく)諸比丘、當(まさ)に是の學を作すべし」と。

爾の時諸比丘、佛の所説を聞いて歓喜奉行(かんきぶぎょう)しぬ。」

 

※世尊=佛、ブッダの意味

※比丘=出家して仏道修行をしている男性修行者のこと

出家して仏道修行をしている女性修行者の事を比丘尼(びくに)という。

諸比丘とは、複数の男性修行者の意味

※舎衛國祇樹給孤獨園(しゃえいこくぎじゅぎっこどくおん)=古代インドの祇園精舎’ぎおんしょうじゃ)の事

※泥洹(ないおん)の證(さと)り=涅槃、ニルヴァーナのさとりの意味

 

       『国訳一切経 阿含部 大東出版社』参照

ところで、この記事を書いている最中、私自身、数十年前の若い頃に、高野山のとある宿坊にアルバイトで働いていた時代、宿坊のあるお坊さんが、大勢の参拝客、観光客の前で『お酒は悟りの水といわれています』と解説していた事を思い出した。

この当時の事を考えると、大勢の人たちに対し仏教に対する誤った、間違った、誤解を招く内容の法話をされていた事はとても罪深い行為だと思われる。

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