人は生きていく中で、理不尽な目に遭遇(そうぐう)することが幾度もあると思うが、ブッダは仏典『スッタニ・パータ』の中で次のような教えをお説きになられている。
(六二五) 罪がないのに罵(ののし)られ、なぐられ、拘禁(こうきん)されるのを耐え忍び、忍耐の力あり、心の猛き人、かれをわたくしは(バラモン)と呼ぶ。(※この章句の中のバラモンとは立派な修行者という意味。)
(書籍『ブッダのことば 中村元著 岩波文庫』137ページ参照)
(九三二)諸々の出家修行者やいろいろ言い立てる世俗人に辱(はずかし)められ、その不快なことばを多く聞いても、荒々(あらあら)しいことばを以て答えてはならない。立派な人々は敵対的な返答をしないからである。
(書籍『ブッダのことば 中村元著 岩波文庫』202ページ参照)
また、ブッダは仏典『ダンマ・パダ(法句経)』において次のようにお説きになられている。
(三二〇)戦場の象が、射られた矢にあたっても堪え忍ぶように、われはひとのそしりを忍ぼう。多くの人は実に性質(たち)が悪いからである。
(書籍『ブッダ真理のことば 感興のことば 中村元著 岩波文庫』55ページ参照)
さらにまた、阿含経の中で、仏陀はつぎのようにお説きになられている。
「かようにわたし(仏弟子)は聞いた。
ある時、世尊(仏陀)は、サーヴァッティ(舎衛城)のジェータ(祇陀)林なる給孤独の園におられた。
その時、世尊(仏陀)は、比丘(仏弟子)たちに告げて、かように説かれた。
「比丘たちよ、まさに一法を断つがよい。
一法を断てば、なんじら必ず、煩悩を滅し尽くして、聖者たることを得るであろう。
その一法とは何であろうか。
いわゆる瞋恚(しんに)(怒り)がそれである。
比丘たちよ、まさに瞋恚を断てば、なんじら必ず煩悩を滅しつくして、聖者たることを得るであろう。」
かく教えて、世尊は、さらに重ねて、このように説かれた。
「瞋恚にかりたてられて、人は悪しき処におもむく。
まさにつとめて瞋恚心を捨つれば、すなわち煩悩滅尽して聖者たらん。」
『南伝大蔵経 相応部経典 七、二、讒謗』
『漢訳経典 雑阿含経 四二、一一五二』
書籍『阿含経典による仏教の根本聖典 増谷文雄著 大法輪閣』参照。
ところで、ブッダ釈尊はインドのクシナガラという場所でお亡くなりになられたのだが、ブッダ釈尊の死後、,釈尊のご遺体の火葬後、釈尊のご遺骨の所有権をめぐり各国が互いに争いが生じたとされる。
ついには遺骨をめぐって軍事衝突にまで発展しそうになった。とされる。
その時、一人のバラモンが争う者たちを制して次のように言ったとされる。
「我らが師(ブッダ釈尊)は耐え忍ぶ事を説かれた方です。師のご遺骨をめぐってこのような争いをしてはいけません。」と諭し、最終的に、ブッダ釈尊のご遺骨はそれぞれ各国に分骨されてお祀りされることになり、ご遺骨をめぐる争いを静めたという話がある。
書籍『ブッダ最後の旅 中村元著 岩波文庫』参照。
ゴータマ・ブッダ初転法輪像(サールナート)
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