仏教図絵の効用について考える

現代仏教学の学問的見地からすると、仏教史において、お釈迦様がお亡くなりになられてから約数百年もしくは千年以上経ってから密教が成立したとされている。

つまり、お釈迦様の在世当時、つまり紀元前五世紀頃には仏菩薩、明王などが多く描かれた密教の曼荼羅(マンダラ)は存在していなかったとされている。

お釈迦様がお亡くなりになられてから約数百年もしくは千年以上経過した密教全盛時代に多くの仏、菩薩、明王のお姿が描かれた曼荼羅(マンダラ)というものが出来上がった。とされている。

私自身、密教成立の時代に仏や菩薩を図絵に描き、それを尊崇し民衆にもその信仰を広めたことはある意味大きな意義のあることだと思う。

その理由として、シナ(中国)のことわざに「図絵は百千の言葉にまさる」ということわざがある。

また、英語のことわざに A picture is worth a thousand words(一枚の絵は千の言葉に値する)」ということわざがある。

図や絵が言葉よりも多くの情報を伝えることができるという意味である。

つまり図絵には多くの言葉を費やしても表現できないことが一瞬で表現できる。という意味であると私は解釈する。

日本のことわざの「百閒(ひゃっけん)は一見に如(し)かず」の意味に非常によく似ていると思われる。

つまり、ある一つの事柄について、その事についての百の話を聞くよりも、その事柄についての一つの絵や写真を一目見た方がその事柄についてよく理解できる。という意味になると思われる。

世界には文盲、つまり文字が読めない人々が数億人~数十億人と数多くいるが、図絵は文字を介さず伝えたいある事が即座に伝達できる力があると思われる。

密教の天才たちは図絵にはこのような力、効用があることを考え、字が読めない人々に対しても仏の教えを伝達する為、曼荼羅を作成したのではなかろうか。と私は考える。

また、文字、言葉にはある種の限界があるため、曼荼羅を作成したと思われる。

インド哲学の世界的権威、中村元(なかむらはじめ)博士は自身の著書「今なぜ東洋か 中村元著 TBSブリタニカ」及び「温かなこころ 東洋の理想 中村元著 春秋社」の中で以下のような内容を記述されている。

その大まかな概要としては

 中村元博士はある時期、アメリカに赴き、仏教の講義をされた際、一人の年配の女性の聴講生、その方は精神科医の方だったそうだが、その聴講生から相談を受け、その女性の病院に招待され、その女性が勤務する病院の診察室に入室すると、その室内に仏像が祀(まつ)られているのを見たという。

その精神科医の女性は中村元博士に対し次のような話をされたという。

「わたしには仏教のむつかしい教義、教えの内容はあまりよく分からない。しかし、この仏像の慈愛にみちたお顔、このお姿を見ていると非常に心が落ち着き、心が癒(いや)される。」と言ったという。

また、この女性は「この仏像は院内の患者の方々にも精神的に良い影響を与えている。」と言ったという。

書籍  「今なぜ東洋か 中村元著 TBSブリタニカ」

   「温かなこころ 東洋の理想 中村元著 春秋社」

   「インド仏教史  上巻  平川彰著 春秋社」

   「インド仏教史  下巻  平川彰著 春秋社」

   「すぐわかるマンダラの仏たち 頼富本宏著 東京美術」参照

胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいマンダラ)

胎蔵界曼荼羅内に描かれている釈迦如来(しゃかにょらい)

胎蔵界曼荼羅内に描かれている般若菩薩(はんにゃぼさつ)

鎌倉大仏像(かまくらだいぶつぞう)