天台大師智顗の五時教判と富永仲基の大乗非仏説の話

仏教学に五時教判(ごじきょうはん)という仏典の教相判釈がある。

五時教判は六世紀頃(538年~598年)のシナ(現在の中国)の高僧、天台大師(てんだいだいし)智顗(ちぎ)が打ち立てたとされている。

五時教判の大雑把な内容として、天台大師智顗は、仏教の開祖、お釈迦様は生涯、すべての仏典、経典をお説きになられ、生涯五度にわたって教えの内容を変えていったと智顗は考えた。

その五時教判の具体的な内容は、

先ず、お釈迦様は悟りを開かれた直後、弟子たちに華厳経(けごんぎょう)を説かれた。

しかし、その教えの内容あまりにも純粋過ぎて、弟子たちはその華厳の教えを理解できなかった。

そこでお釈迦さまは考え直し、誰でも理解できるレベルの低い卑近な内容の阿含経(あごんぎょう)を説いた。

そして何年か経過し弟子たちの理解のレベルが上がっていくにつれて教えの内容を上げていき、方等経、般若経と教えの内容を上げていき、お釈迦様の晩年には最高で深遠な内容の法華経、涅槃経を説いたと智顗は考えた。

その五時教判の価値判断、天台大師の智顗の説によると阿含経は一番レベルの低い卑近な経典で、法華経や涅槃経はレベルの高い、深遠な経典という価値判断を下した。

特に阿含経は小乗仏教として考え、法華経や涅槃経などのお経は大乗仏教と考えた。

その智顗が作った仏典の価値基準が日本にも伝わり、天台宗の最澄、日蓮宗の日蓮、曹洞宗の道元など数多くの仏教者、僧侶たちに強い影響を与え、五時教判の経典の価値基準体系が長年にわたり日本に広まった。

そして、智顗の死後、約千年以上の時が流れ、日本は明治時代を迎え、江戸時代に続いてきた日本の200年以上にわたる鎖国状態も解け、日本はヨーロッパとの交流も始まり、日本の南条文雄、笠原研寿などの高名な仏教学者たちがサンスクリット語を学ぶ為、ヨーロッパにわたりヨーロッパの仏教学者たちと仏教について議論をするとヨーロッパの仏教学者たちから「私たちが研究している経典はアーガマ(阿含経)である。釈迦の真説を知ろうとするならば真っ先に学ぶべき経典はアーガマ(阿含経)であり、その他の経典は釈迦が直接説いた経典ではない。」という内容の話を聞いた。

ヨーロッパに渡った日本の仏教学者たちはヨーロッパの仏教学者たちと数々の討論を重ねていくうち、日本で卑近な経典としてほとんど見向きもされなかった、小乗経典としてほとんど研究対象にもならなかった阿含経、その阿含経のみが釈迦の真説であり、他の経典(法華経などの大乗仏典)は釈迦の真説ではないのではないか?と考えた。

つまり大乗非仏説という説が明治時代の日本の仏教界に浮上した。

また、江戸時代の日本でも大乗仏典は釈迦の真説ではない。と結論付けた市井の日本人学者、富永仲基(とみながなかもと)という人物がいた。

かれは職業柄、数多くの仏典を目にすることの出来る環境にあり、その仏典の研究結果を「出定後語(しゅつじょうごご)」という書物に著した。

出定後語の意味は定(瞑想)から出た後に語った言葉という意味。

(ある説では出定如来が語った言葉という説もある。)

その著作の中で彼は仏典の加上説を唱えた。

加上説とは、釈迦の死後、釈迦の数多くの弟子たちが集まり、釈迦の言葉をまとめた仏典を作成した。

これを仏典結集という。

釈迦の死後、約五百年後、仏教教団は意見の食い違いにより大分裂(根本二大分裂)し、釈迦の死後、約数百年から約千年にわたって様々な仏典と称する経典が次から次へと、過去に作成した経典に加えられていくように作成された。

そのなかには般若経、法華経や阿弥陀経、大日経、理趣経などの経典があった。

富永仲基の説によれば、膨大な量の仏典はすべて釈迦一代のうちにすべてが説かれたのではなく、釈迦の死後、数百年から千年にわたり漸次、作成され続けてきたものであり、実際に釈迦が存命中に説かれた教えの内容は阿含経の中のごく一部であると主張されている。

この加上説は近代の仏教史、現代の仏教史、ヨーロッパの仏教史の内容に酷似しており、当時、鎖国状態の江戸時代においてこれに気付いたのは富永仲基の慧眼(けいがん)とでもいうべきであろうか。

まさに「後世(こうせい)畏(おそ)るべし」(天台大師智顗の時代から見れば)とでもいおうか。

ところで、大正時代、膨大な仏典の編纂、大正新修大蔵経の編纂が仏教学者の高楠順次郎氏と渡辺海旭氏を中心として行われた。

その大正新修大蔵経の第一巻目が阿含部経典である。

富永仲基が主張する経典の成立順に大正新修大蔵経の第一巻目からの順番が並べられている。

昔、私(堀田努)は京都の龍谷大学大宮学舎の図書館に入館した際、大正新修大蔵経以外の大蔵経を目にする機会があり、その大蔵経の一巻目は華厳経であったことを見た。

これはこの大蔵経が編纂された時代、五時教判の教相判釈が強く信じられていた時代の為、華厳経を第一巻目にしたのであろうかと思ったものである。

 

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