凡人の肉眼では見えない、聞こえない存在を説いた超一流の仏教の祖師達

仏典、雑阿含経に爪甲経(そうこうきょう)というお経がある。

その概要は

「ある日釈尊は釈尊自身の手で大地の土を拾い釈尊自身の手の爪と手の甲の上に土を乗せて諸々の比丘(修行者)に次のように尋ねられた。

「諸々の比丘(びく)よ。私のこの手の爪と手の甲の上に乗っている土の量とこの大地の土の量とでは土の量はどちらが多いか?」

諸々の比丘は次のように答えた。

「世尊(釈尊)よ。世尊(せそん)の手の爪と手の甲の上に乗っている土の量はこの大地の土の量と比べるならば比べものにならない程ごくわずかな量です。」

釈尊は続けてこのようにお説きになられた。

「諸々の比丘よ。もし肉眼で見える生き物たちの数をこの手の爪と手の甲の上にある土の量とするならば、その形が微細で肉眼では見えない生き物たちの数はこの大地の土の量のように膨大に存在する。比丘たちよ。未だ無間等の悟り(仏陀の悟り)に到達しない者は努めて無間等(むけんとう)の悟りに至るよう努力せよ。」

(大正新修大蔵経 第二巻 阿含部下 114ページ上段(雑阿含経第十六巻)参照。国訳一切経 阿含部二 雑阿含経第十六巻 参照。)

つまり、釈尊は人間の肉眼では見えない生命体が多く存在している事を覚知していたと言える。

また、阿含宗の開祖 桐山靖雄大僧正猊下は自身の著作「間脳思考」において、国訳一切経 阿含部の「好戦経」を引用し「戦争を楽しみ刀剣により人を悩ませ傷つけ苦しめ殺した者がその罪の報いにより死後巨大な年数、猛烈に苦しい地獄の責め苦を受け、その長い期間の地獄の責め苦が終わった後にも地獄の余罪による猛烈な苦しみに耐えかね、号泣している霊体をお釈迦様の弟子の目連尊者が霊視した」事が説かれている。

つまり、肉眼では見る事が出来ない霊の存在をお釈迦様、仏教では説いていた事を桐山靖雄大僧正猊下は自身の著書「間脳思考」においてお説きになっておられる。

 阿含宗開祖  桐山靖雄大僧正猊下

ところで、現代の科学では人間の五感、いわゆる、見る、聞く、嗅ぐなどの感覚能力は一部の動物達と比較して著しく劣っているとされている。

例えば、匂いを嗅ぎ分ける犬の驚くべき嗅覚は非常に有名である。

麻薬の密輸捜査、様々な災害人命救助活動などにおいて、人間の嗅覚能力をはるかに凌駕した、はるかに超えた、卓越した犬の嗅覚能力が不可欠とされている。

また、ガラガラ蛇は赤外線を見る事が出来る。つまり温度を視覚化出来る。いわばサーモグラフィのような視覚能力を持っていると言う事が出来る。

コウモリは超音波を聞くことが出来る。

人間は2万ヘルツまでの周波数しか聞こえないが、豚は4万ヘルツまでの高周波の音を聞き分けることが出来る。

ナマズは地震を予知出来る。

ネズミは火事を予知出来るなどなど。

また、世界的に著名な学者、ライアル・ワトソン博士は動物行動学、人類学、医学、心理学、生物学など驚異的な知識を背景に活発な著作活動を続け、各界に知的な刺激を与えている世界的に著名な超一流の学者であるが、そのワトソン博士は自身の著作「スーパーネイチュア」の中で、普通の人には見えないエックス線を見ることが出来る人物について、次のように紹介されている。

 「1963年に、ピーター・バン・ヤールスベェルト(Pieter van Jaarsveld)という12歳になる南アフリカ人は、地下深くに隠れている水を探知する能力のために{エックス線の眼を持つ少年}として世界で有名になった。

彼は水脈占い棒のような物は使わなかったが、地表を通して{緑色の月光のようにかすかに光る}水を見ることが出来ると主張した。

ピーターは、他の人にはそれが同じように見えないことを知って非常に驚いた。

われわれが自然および古典的な五つの感覚(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、つまり、見る、聴く、触れる、味わう、嗅ぐ)は、超自然の本当の魔術のほんの小部分にすぎないことをやがて悟り始める時、もっと多くの人たちが、彼の仲間入りをして、物事を真にあるがままに見るようになると私は思っている。」とワトスン博士は説かれている。

(書籍「スーパーネイチュア ライアル・ワトソン著 牧野賢治訳  蒼樹書房  124ページ~125ページ」参照。)

また、ワトン博士はこの著書の中で、動物の地震予知能力について、地震の何時間も前にウサギやシカが、震源地域から恐怖におののいて駆け出してくるのを見たことがある。とも書かれている。

(書籍「スーパーネイチュア ライアル・ワトソン著 牧野賢治訳  蒼樹書房  98ページ」参照。)

以上の事を考えると、「自分自身は霊が見えないから霊の存在を一切信じない。霊魂の存在を一切認めない。」という考えをお持ちの方々が世間では多くおられるが、私自身から見ると、ある種、合理的な考えではないように思われる。

さて、つぎに、真言密教の開祖、弘法大師空海様は自身の著作「弁顕密二教論」の中において、

「それ、仏に三身あり、教えはすなわち二種なり。応化の開説を名づけて顕教という。ことば顕略にして機に逗(かな)えり。法仏の談話(だんかい)これを密蔵という。ことば秘奥にして実説なり。」とお説きになられている。

 真言密教開祖、弘法大師空海

「仏に三身あり」とは、大乗仏教が説いている仏の三身説の事で、仏の三身とはすなわち、

法身(ほっしん)の仏、

報身(ほうじん)の仏、

応身(おうじん)の仏、

つまり、仏に三身あり、とは、仏様は三種類の仏様に分類される。という事になる。

具体的に説明すると、

法身の仏とは毘盧遮那仏、大日如来のような真理そのものとしての仏様を法身の仏様という。

報身の仏とは阿弥陀如来のように、菩薩として様々な修行を経、最終的に悟りを開いた仏様を報身の仏様という。

応身の仏とは釈迦如来、いわゆるお釈迦様のように凡夫でもその仏様のお姿を見ることが出来る仏様のことを応身の仏様という。

また、三身の仏様の中で、法身の仏、報身の仏のお姿は、普通の凡夫ではそのお姿を見ることが出来ないとされている。

そして、「弁顕密二教論」の中に「仏様の説法には法身説法という種類の説法がある」と説かれている。

法身説法とは密教でいう真理そのものとしての仏、大日如来、最高位の仏様がなされる説法の事。

空海様は自身の著作「弁顕密二教論」の中においてインドの高僧、大乗仏教の祖師、龍樹菩薩様が著した仏教の百科全書ともいうべき著作「大智度論」巻九を引用し法身説法についてこう解説されている。

大乗仏教の始祖、龍樹菩薩

「法身の仏は常に光明を放って説法をしているが罪業が深く、罪が重い衆生(生き物)はその罪の重さ, 業の深さが原因で(つまり過去の無量無数というべき多くの生まれ変わり、死に変わりにおいてなしてきた多くの罪、過去における無量無数の輪廻転生の中でなしてきた多くの罪障罪業が原因で)法身の仏の姿が見えず、法身の仏の説法も聞こえず、その説法の内容も理解出来ない。

その一方、罪業罪障が比較的軽い衆生(生き物)は法身の仏の姿が見え、法身の説法が聞こえ、またその説法の内容も理解出来る。」と説かれている。

それに似たようなことわざに、「心その境涯に至らざれば、見れども見えず、聞けども聞こえず」というべきか。

さらにまた、阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下が1980年11月にインド仏跡巡拝の旅の際に体験したインド・サヘトマヘトにおける霊的神秘体験、仏陀から発せられる霊的テレパシーによる霊性開眼体験談、仏陀釈尊に関わる霊的神秘体験談が桐山靖雄大僧正猊下の著作「一九九九年カルマと霊障からの脱出(1981年7月出版)」と「間脳思考」(1984年1月出版)」において説かれている。

その桐山靖雄大僧正猊下のご著書「一九九九年カルマと霊障からの脱出 桐山靖雄著 平河出版(1981年7月出版)」の中でその時のサヘトマヘトにおける衝撃的な体験を自身の自動書記にて記した文章が以下の文章である。

「それは突然ななめ前方からやってきた。

一瞬、目がくらむほどの衝撃だった。

そんなことなど全然予期しておらず、まったく無防備だった自分は、あっという間にその衝撃に叩きのめされてしまったのだ。

修行、学問、そんなものはなんの役にも立たぬものであることを思い知らされた。

こころひそかに誇っていたこれまでの自分の修行も教学もあっというまに消しとんでしまった。

叩きのめされてしまった。

これなんだ。

これでなくてはならないのだ。

これしかないのだ。

目もくらむようなあの白銀の輝きにみちたバイブレーション!

100年の修行も万巻の教学も、ただ一瞬のこの霊的バイブレーションに如(し)かぬことを思い知らされた。

これがそれだったのだ。

これが究極のそれだったのだ。

このためにこそわたくしはここにやってきたのだ。

おお、サヘト・マヘト聖なる地、

あなたはここに待っていてくださった。

わたくしがいまあなたから受けたものをこれからわたくしはひとびとにあたえねばならぬ。

今、わたくしは聖者であることをつよく自覚する。

すべてのひとびとがこの聖なるバイブレーションを受けることのできる聖地を、わたくしはひがしの国につくらねばならぬ。

この輝きにみちたサヘトマヘートの地を、そのまま、日本の国にうつさねばならぬ。

それがわたくしの使命だったんですね。

それをかならずはたすことをわたくしはあなたに誓います。

そうですか、

もう一度、わたくしはこの地に来なければならないのですね。

だが、そのとき、なにが起きるのでしょうか?

そのとき、起きる或ることを、わたくしは非常なおそれの感情とともに予感します。

ああ、あの一瞬の霊的バイブレーション!

100年の苦行も、万巻の書物も、このバイブレーションなくしては路傍の石ころにも劣るのだった。

このバイブレーションをあたえることのできる聖者こそ、真の導師(グル)だったのだ。

理解できました。

聖師よ、ありがとう。」

1980年11月、インド・サヘトマヘトでの

阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下

このように龍樹菩薩様や弘法大師空海様が説く法身説法の話、桐山靖雄大僧正猊下が説くインドのサヘトマヘトで体験した仏勅の話は、精神感応、いわゆるテレパシーの事であるが、テレパシーというと世間一般では迷信とか、たわごと、論ずるに値しない空想上の概念のように考える人々が非常に多いが、先に紹介した世界的著名な学者、ライアル・ワトソン博士は自身の著書「スーパーネイチュア 」の中でテレパシーについて次のように書かれている。

「われわれの視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の鋭敏さについては、まだはっきりした動かぬ限界が引かれたわけではない。

それらの潜在的可能性を新しく探求するたびに、感受性の限界はさらに遠くへと押しやられ、知覚の新領域が絶えることなく発見されていくのである。

多くの外見上は超自然的と見られる能力は、遅かれ早かれ、既存の感覚系の異常敏感性に帰せられ、決して感覚外のものではないと判明していくが、いつも突発的に起こり、確かな感覚の言葉で満足がいくように、いずれは説明されなくてはならない一つの現象が存在する。これが{思考伝達}、すなわちテレパシーである。」

(書籍「スーパーネイチュア ライアル・ワトソン著 牧野賢治訳  蒼樹書房  265ページ」参照。)

また、パーリ仏典研究の世界的権威である仏教学者の水野弘元博士はその著書「原始仏教」の中で三明六通、いわゆる、凡人の能力を超えた神秘的な力、超人的能力について次のように書いておられる。

「今日の合理主義的な考え方からすれば仏陀及び原始仏教が三明六通という奇跡的神通力を説いたことはいかにも仏教の合理性を没却したものであり、おそらく原始仏教では説かれていなかったものを新たに加えられた挿入の不純物に過ぎない。と考える学者がいるけれども、しかし、仏教を単なる科学や倫理や修養ではなくして宗教であると考える限り、このような神通奇跡の存在は仏教の宗教的要素として極めて価値があり、かつ必要なものである。

2500年の昔において仏教は今日の科学時代にも劣らない合理性や倫理性を有したのであるが、しかし、単なる合理性や倫理性だけではそれは宗教とはなり得ないであろう。

宗教である限り、自らの実践だけではなく、他をも絶対信に導き入れなければならない。

宗教を他の方々に対し教化救済する利他的な宗教面は三明六通というような神通奇跡によって得られるのである。

宗教が多くの人々に信じられていくのは神通奇跡によってであるのですが、 また仏教各宗の祖師と言われるような人々も多かれ少なかれ常人を超えた不思議な力を持った人であったに相違ない。」と説かれている。

さて、先に三明六通という言葉が出てきたが、仏教用語で六通とは神足通、天眼通、天耳通、宿命通、他心通、漏尽通という、常人を超えた超人的能力、超人的智慧の事を意味する。

そして、その中の三明とは天眼通、宿命通、漏尽通を意味する。

その三明の中の宿命通という通力は過去世を透視する神通、智慧であるとされている。

釈尊自身、仏陀としての最高の悟りを開く直前、この通力を得たとされている。

この釈尊が宿命通を得られた体験談が仏典(阿含経)に説かれている。

釈尊自身、仏陀としての最高の悟りを開く直前、非常に深い瞑想中において、無量無数の生き物達がそれぞれの業、それぞれのカルマに応じて無限に近い膨大な時間、無量無数とも例えられる程の回数、生き替わり死に替わりを繰り返している情景をその超人的透視力で実際に透視したという釈尊自身の体験が説かれている。

以下は釈尊自身の瞑想の体験談である。

「このように 私(釈尊)は四神足(仏教の修行法、瞑想法)が修練され豊かにされたときに、種々なる過去の生涯を想い起こした。

すなわち一つの生涯、二つの生涯、三つの生涯、四つの生涯、五つの生涯、十の生涯、二十の生涯、三十の生涯、四十の生涯、五十の生涯、百の生涯、千の生涯、百千の生涯を、また幾多の宇宙成立期、幾多の宇宙破壊期、幾多の宇宙成立破壊期を。

我はそこにおいて、これこれの名であり、これこれの姓であり、これこれのカースト(階級)であり、これこれの食を取り、これこれの苦楽を感受し、これこれの死にかたをした。

そこで死んでから、かしこに生まれた。

このように形や名称とともに種々なる過去の生涯を想い起こしたのである。

このように私(釈尊)は四神足(仏教の修行法、瞑想法)が修練され豊かにされたときに、清浄で超人的な天眼をもって、もろもろの生存者が死に、また生まれるのを見た。

すなわち、卑賤なるものと高貴なるもの、美しいものと醜いもの、幸福なものと不幸なもの、そしてもろもろの生存者がそれぞれの業に従っているのを明らかに知った。

実にこれらの生存者は身に悪行を行い、言葉に悪行を行い、心に悪行を行い、もろもろの聖者をそしり、誤った見解を抱き、誤った見解にもとずく行為を行う。

かれらは身体が破壊して死んだ後に悪しき所、堕ちた所、地獄に生まれた。

また、他のこれらの生存者は、身に善行を行い、言葉に善行を行い、心に善行を行い、諸々の聖者をそしらず、正しい見解にもとずく行為を行う。

かれらは身体が破壊して死んだ後、善い所、天の世界に生まれた。

このように清浄で超人的な天眼をもって、もろもろの生存者が死に、また生まれるのを見た。

すなわち、卑賤なるものと高貴なるもの、美しいものと醜いもの、幸福なものと不幸なもの、そしてもろもろの生存者がそれぞれの業に従っているのを明らかに知った。」

参考書籍

「ゴータマ・ブッダⅠ 原始仏教Ⅰ 決定版中村元撰集 第11巻 春秋社」

「ゴータマ・ブッダⅡ 原始仏教Ⅱ 決定版中村元撰集 第12巻 春秋社」

パーリ仏典、漢訳仏典、参照。

    大日如来

大乗仏教の始祖 龍樹菩薩

真言宗開祖 弘法大師空海

阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下

今から約2500年前、ブッダ釈尊が約18年間、人々を説法、教化した土地、場所とされているインド サヘト・マヘト(祇園精舎)。

1980年11月、インド サヘト・マヘトに仏跡巡拝された阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下。当時、59歳)

今から約2500年前、ブッダ釈尊が多くの人々の前で大神通力、大神変力を現わしたとされているインドのサヘト・マヘト ミラクルの池の跡地において強烈な仏勅、強烈な霊的バイブレーションを受けた阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下(1980年11月8日、当時59歳)。

インド サヘト・マヘト ミラクルの池の跡地

大柴燈護摩供 修法中の阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下(1982年2月、京都、当時61歳)

法話中の阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下

法話中の阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下

法話中の阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下

法話中の阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下

法話中の阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下

1983年8月21日、チベットにおいて最も由緒深く、格式のあるニェデン・カツェリン寺の法主であり、大座主であり、伝統的なチベット仏教ニンマ派の管長であらせられるミンリン・ティチン・リンポチェ管長が来日され、阿含宗管長 桐山靖雄大僧正猊下に、「一切萬霊守護金剛」という非常に位の高い法位、法号が授けられた。

チベット仏教ニンマ派ミンリン・ティチン・リンポチェ管長から阿含宗管長 桐山靖雄大僧正猊下に対して、「一切萬霊守護金剛」という非常に位の高い法位、法号が授けられた。

阿含宗開祖  桐山靖雄大僧正猊下(1921~2016)(写真)

(1983年8月 阿含宗 関西総本部道場において撮影)

1986年4月8日、スリランカのジャヤワルデナ大統領より真正仏舎利を授かる阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下(1986年スリランカ)

1990年1月 スリランカの古刹、マハー・マティンダ・ピリベナ寺から真正仏舎利を拝受される阿含宗開祖、桐山靖雄大僧正猊下(当時69歳)

1992年11月2日、スリランカ仏教シャム派総本山より「輝く平和の大王」という法号を授けられる阿含宗開祖、桐山靖雄大僧正猊下(当時71歳)

日本の4倍もの広大な面積を持つモンゴル、1996年2月下旬から、そのモンゴル全土200ヶ所以上の山火事に多くのモンゴルの方々が苦しんでいた。このモンゴルの山火事で日本の北海道と四国を合わせた程の極めて広大な面積のモンゴルの山林、草原が焼失した。

日本の4倍もの広大な面積を持つモンゴル、1996年2月下旬から、そのモンゴル全土200ヶ所以上の山火事に多くのモンゴルの方々が苦しんでいた。このモンゴルの山火事で日本の北海道と四国を合わせた程の極めて広大な面積のモンゴルの山林、草原が焼失した。

1996年6月、モンゴル国ガンダン寺においてモンゴル国立十一面観音開眼法要、世界平和祈願大護摩法要を修せられる大導師 阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下(1996年当時、75歳)

1996年6月、モンゴル国ガンダン寺においてモンゴル国立十一面観音開眼法要、 世界平和祈願護摩法要を修せられる大導師 阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下(1996年当時、75歳)

1996年6月、モンゴル国ガンダン寺においてモンゴル国立十一面観音開眼法要、 世界平和祈願護摩法要を修せられる大導師 阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下(1996年当時、75歳)

1996年6月、モンゴル国ガンダン寺においてモンゴル国立十一面観音開眼法要、世界平和祈願護摩法要を修せられる大導師 阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下(1996年当時、75歳)

1996年6月3日、モンゴル全土で2月下旬から数ヶ月間続いている広大な面積の山火事で、北海道と四国を合わせた程の極めて広大な面積のモンゴルの山林、草原が焼失した。まさに国家的な危機状況の中、阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下がモンゴルのジャスライ首相に対し、「明後日のガンダン寺の法要の際、観世音菩薩様に雨が降るようにお祈りします。観世音菩薩様は必ず雨を降らせて下さいます。必ず雨が降ります。」と祈りによって雨を降らす事を約束。

そして、モンゴル国ガンダン寺での護摩修法当日未明、ウランバートル市全域に一大雷鳴がとどろき、全市民を驚愕させた。同時に、豪雨が大地を叩き、全市民を歓喜させた。待望の雨の第一陣であった。

さらに、護摩修法後、桐山靖雄大僧正猊下は参拝者の方々の前で、十一面観世音菩薩様がこのように雨を降らせて下さったと語り、十一面観世音菩薩様の偉大なる神通力、お力を称賛された。

その護摩修法後、モンゴル全土ですさまじい雨が降った。

また、モンゴルの文化大臣がこの状況を目の当たりに見、「祈りの力がいかに偉大なものであるかを目のあたりに見て、心から驚嘆しました。」と述べた事を当時の現地の新聞記事が伝えた。

最終的に1ヶ月間は消えないであろうとされていたモンゴル全土の山火事が護摩修法後、モンゴル全土の大雨により護摩法要の日から5日後の6月10日に山火事は完全鎮火した。

モンゴル国 ガンダン寺 モンゴル国立十一面観音世音菩薩像

モンゴル国 ガンダン寺 モンゴル国立十一面観音世音菩薩タンカ

モンゴルの森林火災の完全鎮火を知らせる新聞記事(1996年6月)

1999年3月6日、インドにおいて印度聖地大柴燈護摩を修する阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下、1999年3月6日、当時78歳。

1999年3月6日、インドにおいて印度聖地大柴燈護摩を修する阿含宗開祖 桐山靖雄大僧正猊下、1999年3月6日、当時78歳。

1999年3月6日の印度聖地大柴燈護摩のご本尊、釈迦如来像と真正仏舎利尊から発するご霊光。「一九九九年七の月よ、さらば! 桐山靖雄著 平河出版」参照。

 

1999年3月6日の印度聖地大柴燈護摩供の修法中、真正仏舎利尊から発するご霊光。「一九九九年七の月よ、さらば! 桐山靖雄著 平河出版」参照。

仏陀に成られた方の御遺骨(ごゆいこつ)を仏舎利(ぶっしゃり)とお唱え致します。

仏舎利尊から発するご霊光は、今から約900年前頃の日本で活躍した僧侶、臨済宗の開祖、栄西禅師様(1141年~1215年)も宋の国に留学中、阿育王山  広利禅寺に参拝した折、仏舎利尊から発するご霊光を目撃した体験談が栄西禅師様の著書「興禅護国論」に記載されている。

また、今から約1100年前頃に活躍した日本の僧侶、天台宗 慈覚大師円仁様(794年~864年)も、自身の唐への巡礼紀行体験を記した書籍「入唐求法巡礼記」の中において、仏舎利尊から発するご霊光にまつわる体験記が記されている。

さらにまた、今から約1400年前頃に唐の国やインドにおいて活躍した玄奘三蔵法師様(604年~662年)もインドにおいて仏舎利尊から発するご霊光を目撃した体験が伝えられている。

そして、真言密教の第五祖、不空三蔵様(705年~774年、生地はインドもしくは唐国)が釈尊の仏舎利を禮敬する意を述べた文章に舎利禮門(しゃりらいもん)という経文があります。

この舎利禮門は真言宗や曹洞宗などの法要、日々の勤行において読経する場合がよくあります。

参考までに、その舎利禮門の経文の全文は以下の通りです。

 

舎利禮門(しゃりらいもん)

一心頂禮(いっしんちょうらい)
萬徳園満(まんとくえんまん)
釈迦如来(しゃかにょらい)
真身舎利(しんじんしゃり) 
本地法身(ほんじほっしん)  
法界塔婆(ほうかいとうば)  
我等禮敬(がとうらいきょう)   
爲我現身(いがげんしん)  
入我我入(にゅうががにゅう) 
佛加持故(ぶつかじこ) 
我請菩提(がしょうぼだい)   
以佛神力(いぶつじんりき)  
利益衆生(りやくしゅじょう)  
発菩提心(ほつぼだいしん)  
修菩薩行(しゅぼさつぎょう) 
同入園寂(どうにゅうえんじゃく)  
平等大智(びょうどうだいち)  
今将頂礼(こんじょうちょうらい) 

とお唱え致します。

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