仏教の学派の中には睡眠は煩悩の一種であるから、その煩悩を断ち切る為、断眠修行など、睡眠時間を大幅に制限した修行を行っている人々を見聞きする。
例えば、天台宗の総本山、延暦寺の僧侶が夜通し徹夜で仏像を礼拝する修行をしているなどの話を聞いたこともある。
日本では12月31日の大晦日に多くの人々が徹夜で、夜通し、様々なお寺を参拝する習慣がある。
しかし、この断眠修行はある種、お釈迦様の言動と相矛盾しているようにも思える。
健康上にも問題を引き起こすように思える。
例えば、仏教学の世界的権威、故中村元博士は月刊アーガマ42号において釈尊が食事の後よく昼寝をされたことを微笑ましく指摘されている。
当時の厳格な修行者からすると昼寝をする事はダラシのない事であり、怠惰なふるまいであったと考えられた。当然、釈尊に対しても次のような非難が向けられていた。
ある日、サッチャカという修行者が釈尊に次のように言った。
「ゴータマ(釈尊)よ。あなたは昼寝をする者である事を認識しているのですか。」
釈尊は、次のように答えた。
「私は托鉢から帰ってきて食事をし、その後、大衣を四つ折りにし、その上に、右脇を横たえ、自らの心の動きを観察しながら眠りに入る事があります。だから自分が昼寝をする者である事をよく認識していますよ。」
サッチャカが言った。
「ゴータマ(釈尊)よ。修行者やバラモンのある者は迷っているから、そんな事を語るのです。」
釈尊は静かにこう答えた。
「食後の昼寝をした、しないだけで、迷っているとか、迷っていないだとか、言えませんよ。」
このお釈迦様が行っていた食後の休息を仏教の聖典であるパーリ聖典において昼住(ちゅうじゅう)という。
この習慣は現在の東南アジアの僧院でもよく見かける。
また、スペインやアルゼンチンなどのラテン系の国々では昼食後の休息に数時間、当てている。
この昼食後の休息をシエスタという。
この習慣は、中国・インド・ベトナムなどの熱帯・亜熱帯地域や地中海性気候である地中海沿岸のギリシャ・イタリア・中東・北アフリカでも一般的に見られる。
一般的に人間の活動力は、午前中は上昇、正午頃が最も高く、午後2~3時ごろにかけて活動が低下するが午後4時すぎに再び上昇に転じ数時間活性化した後、就寝時間に向けて再び低下する。
就寝中の深夜2~3時が最も活動力が最低となる。
ところで、2019年に日本で出版された書籍「スタンフォード大学教授が教える熟睡の習慣 西野精治著 PHP出版 」において昼寝と認知症との関係を調査した結果が記載されている。
ある高齢アルツハイマーの方々とその配偶者、約数百人を対象にした調査の結果、30分未満の昼寝をする人は昼寝の習慣がない人に比べて認知症発病率が約7分の1であった。
30分から60分の昼寝をする人も昼寝の習慣がない人に比べて認知症発病率が半分以下であった。
最近の研究結果では、睡眠中は起きている時間帯の10倍以上、脳内に溜まった様々な老廃物を排出する機能、働きがあると分かっている。
また、書籍「アルツハイマーになる人、ならない人の習慣 ジーン・カーパー著 和田 美樹 訳 澤登 雅一 監修 Discover」の中で著者のジーン・カーパー氏は
睡眠は脳を記憶障害。アルツハイマー病から守ることに対して、驚くべき効果を発揮する。
睡眠を充分にとらないと、アルツハイマー型の脳障害を誘発する恐れがある。
実に、睡眠には特効薬的な効能がある。
起きている時間帯に発生した脳に溜まっている様々な老廃物が、 睡眠中、 きれいに洗い流され、睡眠のチカラにより脳内の老廃物がきれいに除去される。と書かれている。
また、書籍「Sleep(最高の身体と脳を作る技術)ショーンスチーブンソン著 花塚恵訳 ダイヤモンド社」の中で著者のショーンスチーブンソン氏はこの書籍の中で次のように書かれている。
「老廃物を除去する脳のシステムは睡眠時に活性化する」という章の中で
「脳は実に様々な働きをするが、その結果、大量の老廃物が生まれる。
それらは全て排除しなければならない。
老廃物を取り除く事で、文字通り、新たな成長や発達の余地が生まれるからだ。
死んだ細胞の除去やリサイクル、有害物質の排除、老廃物の排出は脳を機能するうえで絶対に欠かせない。
眠っている間の老廃物を除去する活動は目覚めている間の10倍以上老廃物を除去する活動が活発になるという。
目覚めているときの脳は学習や成長に勤め、脳の持ち主が活躍できるよう協力している。
ずっと動きっぱなしなので、たくさんの老廃物がたまっていくが、そのほとんどは睡眠が持つ修復の力で除去される。
例えば、自宅のごみを捨てるシステムがとどこおれば、家はあっという間に悲惨なことになる。
それと同じでように充分な睡眠をとらず、その老廃物を除去する働きがなければ脳内が大変なことになる。
具体的に言うと,
有害な老廃物を除去する事が無いことがアルツハイマー病を発症する根本的な原因の一つだと言われている。 」
と書かれている。
さらにまた、著者は睡眠環境について
「睡眠環境を真っ暗な状態にして寝ることが重要である」
と説き、次のように書かれている。
「まずは、近年、人気が高まりつつあるカーテンを遮光カーテンに替えよう。
それから光を発し続けるものを寝室から取り除こう。
この二つを今夜のうちに行えば、明日起きたらきっと私に感謝したくなる。
睡眠の専門家は、顔の前に手をもってきても見えないくらいの暗闇で寝ることを奨励している。
私たちの遺伝子は、暗闇で眠る事を当たり前だと思っている。
いまは部屋のなかで何かしらの光が一晩中ついていることも珍しくもない。
外の世界で起きることはどうにもならないのだから、せめて自分の家の中の事は自分の手で何とかするしかない。
だからこそ、遮光カーテンは必要だ。
寝室を居心地のいい暗闇に変えるべく、行動をおこそう。
私の睡眠は暗闇に変えた瞬間からよくなった。
寝室を真っ暗にするようになってからというもの、最高の睡眠がずっと続いている。」と書かれている。
遮光カーテンが難しければアイマスクも有効かもしれない。
チベット仏教の最高指導者、ダライラマ法王猊下は
「睡眠は最良の瞑想である。」
とお説きになられている。
また、数千年前に編纂されたとされている古代インドの哲学書のウパニシャッド(奥義書)の中に「深い睡眠は真実の自己とつながっている」という記述がある。